<< September 2009 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

Frozen berriesを使って。
090925_1038~0001.jpg

春に買っていた小粒の苺、
庭で採れたワイルドストロベリー、ブルーベリー&ブラックベリーたち。

冷凍庫から少し出して、300gほど・・・
Mix berry jamを作ろうと思います。

主人は毎朝ヨーグルトを食べるのが体に良いと固く信じているので、
プレーンヨーグルトにジャムやメープルシロップが欠かせません。
私の遺伝子は日本の農耕民族なのでしょうか(笑)、
乳製品を毎日食べたいとは思わないので、もっぱら主人用。

毎日ってなぁ・・
あんまり良くないんじゃないの・・
・・と、私は思うのだけれど、固く固く信じておりますゆえ、
強い反発がありそうなので、
せめて量をほんの少し・・にするよう器に入れています。

まあ、信じて口に入れるものは
それなりに力を発揮してくれるでしょうよ。



090925_1652~0001.jpg

西日を浴びる、出来上がったMixed berries jam。

紫と赤色の混ざった、まさに真紅(しんく)の色あいに、
大人っぽい雰囲気を感じます。
海へ♪
 

サーフィンに初挑戦してきました♪
スクールで2時間ほど、若いお兄ちゃんに教えてもらいましたわん。

お兄ちゃんは丁度いい波を見ながらボードを持ってくれています。
私はというとロングボードに腹這いになって、漂って待機・・。
タイミング良く、す〜っと乗せて押し出してくれ、
「はい、立って〜」の合図で波に乗りながらボードの上に立つ練習です。

40歳でサーフィンに出合い、もう数年ハマっている仲間の影響なんですけどね。
ハマる理由が分ります!
めっちゃくちゃ楽しいぃ〜〜
そして難しい〜!でも楽しい〜!

立とうとトライするも、だ〜んと海に放り出され・・
何度も、何度も。
時間を忘れて没頭する・・
自然の流れに浸りきる・・

カラダを使って遊びきる!!
頭の中はスッキリと爽快で、
生きるエネルギーの素がカラダの内側からフツフツと湧き上がってくるのを感じます!

重力に逆らってフィジカルに挑戦することを、時にしてあげなきゃ・・ですね。
カラダの下から上へ、持ち上げていくエネルギーは
バランスよく生きるためにも大切ですもの。
(そういえば、痔とか胃下垂とかは東洋医学でいうところの、
持ち上げる力不足ってことじゃないかしらね)

さすが!ですね、海。
波乗りでカラダを鍛えてもらうことも、
波にただ漂って心とカラダを緩めることも、
両極面を持ち合わせているんですもの・・・
深い包容力に感謝!です。

10月にもう一度行きたいなぁ〜



いいな、秋の海。
しんどくて当たり前だったのね!

『愛し合っているふたりが結婚したら幸福になるという、そんなばかな話はない。
そんなこと思って結婚するから憂うつになるんですね。
何のために結婚して夫婦になるのかといったら、苦しむために、「井戸掘り」をするためなんだというのが僕の結論なのです。井戸掘りは大変なことです。
だから、べつにしなくてもいいのじゃないかと思ったりするんですよ。』

『むかしの夫婦というのは、ただいろいろのことを協力してやって、
それが終わって死んでいって、それはそれでめでたしだったんですね。
今は協力だけではなくて、理解したいということになってきている。
理解しようとおもったら、井戸掘りするしかしょうがないですね。』



結婚して21年。
一緒に暮らしていくって、なんか大変かも・・・。
少しだけ違うベクトルも時間とともにどんどん広がっていって、
交わる、分かり合えるなんて有り得ないやんか・・・。
う〜〜ん。。この先には熟年離婚が控えているんだろうか・・・。

ここ1.2年そんな気持ちがチラチラしていました。
先日、仲間が貸してくれた文庫本「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」の中で
河合さんのこの言葉に偶然出会い、はっとしました。

夫婦が理解するってしんどい作業なんや。
別にうちが大変な状態でもなんでもないのね。

夫婦間の井戸掘りはしんどいけれど、
すごいご褒美が待っている気もします。
異性を通してするこの作業は、自分が持つ性と対極(?)の世界を探求していくわけだから
おのずと女性としての自分自身をみつめていかざるを得ないでしょう。

そんな中で浮かび上がってくるあれこれを感じることは、
何かが変わっていくためには必要な通過儀礼なのかもしれません。

私は自分自身がもう少し成長したがっているのでしょうか、
そして相手をもう少しだけ理解したいのでしょうか、
このしんどい井戸掘りを、もうしばらく続けてみようと思っているようです。

続けてヨカッタぁ〜〜と、すがすがしい気持ちになる瞬間がやって来ることを信じて。

抱いて抱かれて・・
 『 そうやねと 
    辛い いのちを 抱きしめる

こころが辛くなると、本当はみんな抱かれたいのだと診察室でいつも感じます。
ぼくは思いっきり、言葉で患者さんを抱きます。
日常の生活の中でも、照れないで思いっきり抱いてあげたらいいと思うのです。
100歳も働き盛りも、子育て真っ最中も思春期も、
そして介護中の人も大変です。もちろん夫婦も一緒。
「そうやねえ、わかるわかる」と、思いっきり抱いて抱かれて、
そしていのちに力が戻ってきます。』

スタイル アサヒ 09.10月号より
大野内科院長 小笠原 望 先生のコラム「診療所の窓辺から」より




「いのちに力が戻ってくる」抱擁って、
なんて不思議でパワフルな行為なのでしょう。

「本当は抱くより抱かれることの方が難しい。与えるよりも与えられること、
愛するより愛されることの方が難しいもの。」は、TaoZen大内氏の言葉。

抱かれる、与えられる、愛される・・・
他人を受容れるにも、素直な心が必要ということでしょうか。
素直、「おだやかでさからわないこと」。
素の自分に逆らわず正直な気持ちで、抱かれる・愛されることができれば、
ふつふつと静かに湧き上がる満足感でいっぱいになれるような気がします。

本当は愛されたい気持ちでいっぱいの心に、わざと逆らうはとっても辛いね。
私たちの周りには、
小笠原先生のように、「あなたのことを抱きしめたい」と思ってくれる人々が
たくさんいることを忘れないようにしたいな・・。
そして差し伸べられた手に、すっと手を伸ばすことのできる素直さを
少しづつ表現していけたらな・・と思います。

自分の身を守りながら大人になっていくうちに私たちは
どんどん埋もれさせてしまっていますものね、
素直に表現する気持ちを。

アクを引く
 家族のリクエストで今夜は「中華鍋」♪

いつもはベースに中華スープの素「ウェイパー」オンリーなんですが、
今日は手羽元チキン、しょうが、ニンニクで丁寧にスープを作ろうと思い立ちました。

『おかずのクッキング8/9月号』の影響なんですけどね(笑
特集が「栄養いっぱい鶏のスープ」だったので。

『アク取りは単純ではありません。水が沸騰してアクをとっても、まだ火を弱めないように。鶏肉に火が入ってゆっくりと浮き始めたときに出る濃いアクもしっかり取ります。ここから50分静かに煮立つほどに徐々に火を弱めていきます。静かに微笑んでいるくらいがいいですね。その間もアクと浮いてくる脂をすくいます。』

土井さんの手順に従って進めてみました。

じわじわと出てくるアクや脂をすくいながら、
そういえば日本には「アクを引く」という表現があるな・・と、ふと思いました。 

素材そのもの全体を作り上げているのだけれど、
素材本来の良さを表現するためには不必要なエッセンス。

外に出てきた、そんな要らないものを引き算していく=アクを引く
ってことかしらん・・・?

そんな風に考えてみれば、
人もスープを作る作業が必要なのかな・・って思えてきます。

私たちを作り上げている様々な経験や感情の蓄積、
自分を守るために作った殻・・・
そんなアクみたいなものを丁寧に引いていけば、本来の自分らしい私たっぷりの
極上のスープが出来上がる??そんなイメージが広がってくるんですが
いかがでしょう?

スキルアップなどの「足し算」も時には必要だけれど、
それ以上にこんな「引き算」がとっても大切で、
「私」というオリジナルスープのベースになるのかしらね。
ただこのスープ作りは厳しくて難しい作業だから、
時に逃げたくなったりしながらも生きている限りず〜っと続けていくのだろうな・・とも感じます。

う〜〜ん。。厳しい修行か??

土井さんの仰るところの「静かに微笑んでいるくらいの火加減」で、
じっくりと優しい気持ちで向き合っていけるといいなぁ。
おそらく、そんなゆるゆるとした火加減が、
素材の持ち味を一番引き出してくれるのだろうよ・・・
鶏のスープを作りながら、ぼんやりとこんなことを考えていました。

ヒマやね。
時間の余裕があるね。
時には
こんな時間の過ごし方も必要だとおもうんですよ。

秋ですね。
時間の流れが少しゆったりと感じます。