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夏休みに入り、娘っこの高校の三者面談がありました。

へ〜〜
まだ入学して半年なのに、もう三者で?
公立なのに熱心なこと・・。
長男の行ってた神奈川県立高校で、面談なんてあったかな〜??
行った覚えがないよ。

廊下に面した窓からは、
池、その向こうにこんもりと木々の茂る林が見えて、
もうそこは鳥たちのパラダイス♪
様々な鳥たちの美しいさえずりが絶え間なく聞こえてきて、
面談を待っている間の心地いい事ったらありゃしない♪
木々を通って渡ってくる風は、ほんのりと涼しげで、
都会のヒートアイランドにありがちな、あの目眩のしそうな息苦しさとは無縁です。


15分の面談では、
夏休みの学習計画の立て方、いかに家庭での自習が学習レベルのアップにつながるか、
先生は矢継ぎ早に一生懸命に話されていました。

公立なのに、ほんと頭の下がる思いです。


しかしながら、
娘っこは斜に構え、明らかにふてくされている様子。

彼女がこの学校を選んだ理由は、
大学受験のための勉強を強制される学校ではないからというものだったのですが、
今年度入学から方針が変わったようで、
風紀の指導、受験のための指導を精力的に行っているのが、
ストレスフルで、どうも面白くないようなのでした。


そんな話題も最後にお話すると、
一直線に前のめりに頑張っておられる先生の表情は、
なんとも困惑し悲しげで、可哀想なほどでした。

いろんな生徒がいるから対応も大変だけど、
ま、アクセルも踏みっぱなしだとね。
先生、病気にならんといてね。


今22歳になった兄ちゃんは、今も混迷状態で方向も定まらず・・・
親も子も、もやもやから抜け出せずに模索中なのです。
ほんま・・・しんどいです・・。

彼は
大学くらいは行っておいた方が・・とかいう親の空気を素直に読んで「フリ」をし、
結果も残せず自信の無さだけが増幅してしまった経緯があるので、
そんな経験から私が得たのは
ヒトやモノゴトを眺める際、価値観の広がりがいかに必要か・・って
ことです。


感情や価値観の幅があまりにも狭いと、とっても苦しい。

それを相手に強要すると害を及ぼしてしまう。

苦しんで、人に害を及ぼして、
そんな風にして生きるのが人間なんですねぇ。


こんな風に只今脳内を整理中で、
日々起こる出来事を、少し離れて見ています。















明日の中学校同窓会のため、福岡空港から関空へ。

担任だったミン子先生もご高齢で、記憶も少しあやふやになっていらっしゃる様子。

この機会が先生とお話できる最後かもしれない予感がしたので、出席することに決めました。



同窓会って

その時の心持ちにゆとりがなかったり、何かの強い引っ掛かりみたいなものがあったりする時には、

なかなか参加しようとは思えないものですね。



あっけなく逝ってしまった友。

苦痛と悲しみの末逝った友。

そして今をどうにかこうにか生きている者たちが集い、


泣いたり笑ったりしながら、何十年も前の出来事を振り返る時間は、
きっと優しい空気に包まれるのだろうなあ。

そんなハートオープンな機会は、
私たちに[明日を生きる勇気]を与えてくれるのではと思っています。


そして
先に逝った魂たちもしばし下界で楽しんでもらって、
更に高い所へ旅立ってくれるといいなぁ.....
と祈っています(*^_^*)



 日本家屋の窓枠というのは、
よく考えられているもんだとつくづく思います。


120408_1710~01.jpg





細い桟(さん)が入るだけで、
随分と外の風景の印象が違うものですね。
120408_1823~01.jpg

絵画のような余韻を楽しみつつ、

脈々と流れている日本人の感性を改めて感じてみます。

















 1970年以来42年ぶり、
国内の原発50基すべての発電が停止しました。

原発で利権をむさぼる人々が知らせたくない真実を
知らないで来た私たちだったけれど、

朝日新聞、編集委員の本日付朝刊の言葉を借りるなら、

単なる批判ではなく
節電への協力などの責任と負担を伴う
判断をすること


が、待ったなしで迫ってきたということなのでしょう。


なるべく均衡に判断するためには、正確な真実を知らなければいけない。
その真実といわれている事実が本当なのかまず疑うことも大切。
知らされないままにされていることを、なるべく多くの媒体から得て、
原発への判断素材にしていく・・。

こんなスタンスが私たちには必要だと思います。

マツコ・デラックスと池田清彦氏の対談集「マツ☆キヨ」の中で
池田氏が話していた「もんじゅ」のことも、そんな一つでしょう。

ちょっと長くなるけれど抜粋しました。



核燃料処理というのは、たぶん高レベル放射能廃棄物をガラス固化体にして地下に埋める話のことだろうね。ガラス固化体ひとつで広島型の原爆の約30個ぶんくらいの放射能がある。原発を動かしていれば高レベル放射性廃棄物はどんどん溜まっていくから、それをなんとか処理しなければならないわけで、そのための場所を国や電力会社は一生懸命に探していた。ドラム缶に詰めてセメントで固めて青森の六ヶ所村につんであるのは低レベル放射性廃棄物だけれど、高レベル放射性廃棄物であるガラス固化体は熱も出るから何十年もそれを冷却しつづけなければいけないし、いまのところ置いておく場所もない。

・・・・

ガラス固化体をあまり作らないようにするためにやるのが核燃料サイクルで、それはつまり、使用済み核燃料を再処理してプルトニウムや燃え残ったウランを取り出し、再び核燃料として使おうというシステムね。使用済み核燃料を再処理して取り出したプルトニウムとウランを混ぜてつくる燃料がいわゆるMOX燃料で、それを使う高速増殖炉の原型炉が「もんじゅ」。でも「もんじゅ」は1995年にナトリウム漏れ事故を起こしてからトラブル続きで、今も運転停止の状態にある。つまり核燃料サイクルが全然うまくいかないから、高レベル放射性廃棄物がただひたすら貯まるんだよ。2020年にはガラス固化体が4万本になるといわれている。どうしようもないから地下深くに埋めてしまおうという話なんだけれど、日本みたいに地震がある国の地下にうめて、大きな地殻変動がおきて、そのガラス固化体ごと壊れたらどうする気なんだろうね?

・・・

いま運転を休止している「もんじゅ」も、実はずっと危ない状態のまま。2010年8/26に三トン以上もある炉内中継装置を原子炉容器の中に落っことしてしまって、引き抜けないまま、にっちもさっちもいかなくなっていた。2011年6/24に引き抜く作業がやっと完了したが、再稼働するのは無理だろうね。復旧の担当課長は今年になって自殺しちゃったよ。
・・・
維持費だけで1日に五千五百万円もかかっているんだけどな。このままただひたすら何十年もかけて冷却されるのをまって、廃炉にしていくしかないと思うよ。「もんじゅ」にはこれまで二兆四千億円くらいの金がかかっているんだけどね。




旧態依然のまま、なし崩しに再稼働への道というのは、
日本を破滅させてしまう危険性があまりにも大きいと危惧しています。












 120411_1157~01.jpg

嵐のような雨が降りました。

もう
桜の季節もおしまいですね。


雨雫・・ほんのりあったかいです。












昨日は娘っこの高校入学式でした。

桜舞い散る、穏やかな春の明るい陽射しが降り注ぐ中、
母は一人学校に向かいました。


もう行き帰りを共にしたり、
この辺で写真撮ろうか・・と、校門の辺りで立ち止まったりすることもありません。
帰りは、友達とお昼ご飯食べて帰るから・・ですって。

子が少しづつ親から離れていく実感は、
このような節目時、本当にしみじみと寂しさが沁みてくるものですね。

帰りに買ったサンドイッチを一人で食べていたら、
あまりの静けさと空虚感にハッとしてしまいました。


出掛ける時はどこへでも連れて行かなければならない年頃には、
早く自分の時間が欲しいとか、
自分が犠牲になっている感を強く感じた時期とか・・・。
思えば身勝手な考えでした。

そんな勝手な親に、
時に付き合わされ、振り回されても
子どもというのは辛抱強く寄り添ってくれていたんだなぁ・・と。
「母ちゃんに付き合うのも、そろそろ終わり。
私のペースで自分の道を歩いていくから。」
そう宣言されたような、入学の日でした。

120408_1452~01.jpg

小学校入学の写真なんかを引っ張り出してきて、
未練たっぷりに昔を懐かしむ母。(笑)
でも
母は娘のストーカーになってはいけません。(笑)


母と娘。女同士の密接さと親という立場の強さから、
時にその関係をこじらせ、複雑に絡まりあうことの何と多いことでしょう。


親は子を手放さなければならない。

手放さず、自分の不安や恐れを子に投影して紛らわせていても、
親子共々苦しみの沼から出られない。

自然の流れを堰き止めて淀んでいれば、やがて腐敗が始まる。
始まる前に、
子は勇気を振り絞って自力で這い上がらなければ自滅してしまう。



春は気分が不安定になりやすい季節だけれど、
こんなゆらぎも感じつつ、木の芽時を過ごしていこうと思います。















九州にやって来て、ちょうど丸2年が経ちました。 


本州から海を渡って初めて上陸した九州での生活(めっちゃ大袈裟!)は、
新鮮な発見の連続で。
2年前2010年3月のブログを見ると、
それまでの生活を総決算し、新たな生活への過渡期だった・・と、しみじみ。
http://cozy-yutori.jugem.jp/?month=201003
4月初めのブログ
http://cozy-yutori.jugem.jp/?page=2&month=201004

1年目、新しい派手な出会いというのは感じられませんでした。
きっと自分自身の中での、
この土地の四季(1年)を取りあえず静かに味わってみよう♪
という心構えがそうさせたのでしょうね。

生活に密着した、近いところをまずしみじみと感じてみる・・というのがテーマで、
日々を淡々と感じ取るあれこれは、本州には無い驚きでいっぱいでした。
それは、外へ目を向けるのではなく、
内へ向けることでセンシティヴになれた結果だろうなぁと思っています。
季節の変化と体の感じ方あれこれ、良いことも悪いことも。
また
家族それぞれの変化を一緒に波乗りしていくことも。

一年を味わって納得したら、
少しずつ外へ気持ちも自然と向き始めるものですね。
きっとカラダの細胞が、その土地の水や食べ物によって
総入れ替えになったからなのでしょう。

2年目からは徐々に外へ外へ・・・。
近場の気になるところへも出かけていく気力も充実しはじめ、
それに伴って人々との繋がりも、場の繋がりも、
無意識のうちに、でも必然的に広がっていくものなんだなぁとしみじみ感じます。


そして
3年目の春、
また新たなご縁で、新しいお仕事をさせて頂くことになりました。


ひとは自分の内側のベースを築きながら
生活や仕事の基盤を作っていくものなのだと実感しています。

それは
その土地で育った食べ物や水を摂って自分自身のカラダを作っていくことでもあるのですね。


料理家の辰巳芳子さんが仰っていた言葉。
人間、生きるべき土地柄を、生き得る条件として生きる。
すなわち風土の総体と一つになると生きていきやすい。



立春から始まった新しい季節のエネルギーは、
感じる以上の勢いがあって、ぼんやりしている暇も与えてくれない。
ふと気が付いて、体を追いつかせていく感じでもあります。



動いてる!動いてる!!!
すべてのものが。


春の野草を少量摂って、
勢いに負けないしっかりと循環していける体を作りながら、
流れに乗っていきたいな・・・と感じる、桜の季節♪









 

大人になると、
がむしゃらにならなきゃいけない時期が否応なしにやって来て
仕事が猛烈に忙しくなったり、

すこし歳を重ねてくると
だんだん横着になってきたりして、

今まで歩いてきた道をしみじみと振り返る機会って少なくなってしまう。


親のもとにやって来た子たちは、
こうして
様々な節目という時期に
大人が自分自身を振り返る時間を作ってくれているんだな。



変わっていくこと

変わらずにいること

時の流れの中にいる自分を眺めてみる







みんなのざわめきが無くなった廊下の陰影は
ぐっと寂しさを醸し出している。





がらんとした空虚な明るさは、
一層ひっそりと。

確かにここを歩いていた子たちの風景があったこと。
そして
その風景に「。」が打たれたこと。


ひと区切り。

さようなら。



この風景は過去のものになっていく。

もう次へ流れていってる。








 120313_1950~01.jpg

今日は娘っこの中学校生活、最後の給食の日。

献立は
バターロールパン
エビフライ
キャベツのソテー
いんげん豆のスープ


転勤を繰り返し、各地の公立学校給食を
長男の時から18年体験してきました。
もうこれで最後なんだと思うと、しみじみ
一つの区切りが来たな・・と少し切なくなります。



思えば、
「?」と思うような献立や、
味のストライクゾーンが広くて食べ盛りの兄ちゃんが
「不味すぎて残したから腹減ったぁ〜」と帰ってきたことやら
その地域によって様々な経験でした。

 

全国にはおかしな献立がいっぱいだけれど、


その地域地域で、食べることにどれだけ重きを置いているか?
そして食文化が根付いているか?が
給食にも色濃く反映しているということは間違いないと思います。

給食最後の地、福岡県久留米市に住んで感じることは、
この地域の方々が食べることを心底楽しんでる感があること。

スーパーで年配のご夫婦が、今日食べる魚をどれにするか、
真剣に吟味しながら話していたり、
市内にたくさんあるラーメン店や鰻店は、
三世代家族でにぎわっていたり・・・。

小さいころから育まれている食に対する温かな感覚は、
そのまま献立を作る際にも表れてくるのでのでしょう、
バラエティー豊かな食材、ハレとケのメリハリがあるメニューは、

くいだおれ大阪で育った私も、見ているだけで楽しくなってきます。


摂取カロリー計算だけではない、
楽しさや愛といった見えないスパイスが入ってこそ、
のっぺりした味になりがちの大量生産される給食だって、
「おいしい〜♪」って心踊る「料理」になるのですね。



 春は涙が出てどしようもない。

悲しい涙
嬉しい涙
切ない涙

いろんな味の涙が綯交ぜになって

涙の先にある世界は
なにか美しいものに導かれている道がつづいているようにおもえます

美しいものに導かれている


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